2018年09月30日

それは2015初夏から始まった

2015年初夏のクソ暑い時に母が自宅で倒れ緊急入院。
運び込んで数日は生命も危ない状態といわれ。。
何とか持ち直したのもつかの間、父が行きつけのクリニックで黄疸が出てると言われ、大学病院で精密検査。
膵臓に癌が見つかり、即入院となりました。

同時に両親が別の病院に入院というのは一人っ子には結構厳しいものがあり、、
効率が悪いので母がかなり回復した所で同じ病院に転院させました。。笑

病室での父は退屈で退屈で、それはそれはよくメールをしてきました。

まさえさん(母親)大丈夫か?

ピアノ弾きなさい!オジ(僕にピアノを仕込んだ黛敏郎さん)に悪いぜ!

ピッコロ(こよなく愛した麻布十番のItalian)の肉が食いたい。。

音楽用の補聴器調査して!

あと、暇過ぎて普段見向きもしない甲子園を見てるらしく、
早実清宮君が1年生で颯爽と本塁打を打つのを"凄いねぇ。天才だ"と言ってたのも思い出します。
まぁ野球好きの僕に話を合わせてたのかと思いますが(笑)

見舞って帰る時に僕に必ず言ったのは
「あなたもダブルで大変だねぇ、太郎まで倒れたら終わるからよく休んで」。

9月頭に手術。取り敢えず取りきったと説明を受けましたが、
消化器は転移しやすいという事も知らされました。
10月中頃に退院、自宅で徐々に徐々にリハビリ〜ステージ復帰。
定期的に検診に行くという生活に入りました。

<1枚目>最期の愛車ABARTH 695 Tribute Ferrariをギリギリまで楽しんでました。 連れられて試乗に行った時、子供みたいにワクワクしてました(笑)
<2枚目>手術後ステージ復帰して初テレビ。NHKかな。。僕も心配でオンエアcheckしました
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posted by TAROかまやつ at 19:44| 東京 ☁| 父の死 | 更新情報をチェックする